光学設計ノーツ 11 ver.1.1
マリューの定理とフェルマーの原理
太古から人間は光を光線と言う象徴を用いて、その性質・挙動を理解し整理してきた。
この様な研究領域を幾何光学と呼ぶ。そして付随的に幾何光学的波面というものが想定さ
れ、これは幾何光学的な光線通過経路計算と、その光線の像面上の到達点における位相差計
波動光学的な強度分布計算の仲立ちをする非常に重要な概念となる。光線はこの波面に
直交する法線を繋いでいったものと考えられ、これらの光線の集散状況を解析する、収差論
的にも重要な意味を持つ。今回はその幾何光学的波面の持つ基本的な性質と、そこから導き
出される光線の進行経路の法則について触れる。
1. 光路長
L
(光路長、或いはアイコナール)で表わされる、光波が媒質中を速度

r
で進む同じ時
間で真空中の光波が進む距離を導入する。
ds
を光波の進行方向にとった線素とし、光源 P
から Qまでの積分路(光線の経路)を
l
とすると、アイコナール
L

ds
r
c
zyxL
m
),,(
屈折率は真空中と媒質中に於ける光の速度の比であり、
n
=
c/v
なる関係になるので、
m
dsrn
1
となる。
正弦波動を表す基本式において、
t
を進行の時間、λ0を真空中の波長、cを真空中の光速
とすれば

Lct
0
2
(2)
が位相を表す。したがって、光源 Pからの
L
が一定ならば、関数
L(x,y,z)
const.により
表される位置の集合は、多数の光波の等位相位置を表す幾何光学的波面を表す。
(1)式における
r
は位置ベクトルであり
rn
は場所により屈折率が異なることを想定し
ている。もし、屈折率
n
が媒質内で均一であるとすれば、光線は直進し(1)式より
L
l
×
n
(3)
となり、Pから Qの距離に、屈折率
を乗じて光路長を得ることができる。
2. マリューの定理
一様な媒質中の1点から出た光線、或は1点に収束しようとする光線は、同心的な等位
相の球面状の波面を形成しつつ進行して行くと考えられる。この様な光線群を同心光線束
(或いは1つの点光源から射出した光線群を同族光束)と呼ぶ。別の見方をすれば、波面
の伝播を考えるとき、各瞬間の波面に、同心的な球面波の場合には明らかに、常に直交す
る無数の光線群が伝播方向に進行しているとも考えられる。
もし、光波が屈折率の不均一な媒質を透過したり、屈折率が不連続に変化する二つの媒質
の境界面において反射屈折したりするとすれば、もはや光線群は必ずしも同心的では無く
なってしまうだろう。しかし、この様な場合においても、“等位相面は存在し“共通の波面
を形成していた、同心光線束に属するすべての光線に直交する曲面(波面)が存在する。
これがマリュー(Malus)の定理である。
1)旧波面から新波面に至る光路長が総ての光線の経路に対して等しい。
2)総ての想定しうる光線が新波面に直交している。
屈折反射後の新しい波面がこの同族光線束に対して成立するためには、この二つの条件を
同時に満たさなければならない。
1
ここで、2つの均一な屈折率
n
1
n
2
をもつ媒質 12が曲面 Tで互いに接して存在して
いるとする。(図 1)媒質1において
L
(x,y,z)
S1
なる波面を考え、
S1
上の A点から出発
A
P
A'
B
Q
B'
S1
S
n1
n2
T
s
dr
する光線を考える。この光線は、当然、
S1
に直交している。そして、この光線の Tとの交
点を P、媒質 2における到達点を A’としよう。 ここで、A点を波面
S
1
上で、
S
1との垂直
を保ちつつ移動させる。この時、Aから出発した光線 APAも、その光路長を変えないで A
と一緒に移動すると考える。そして最終的に BQB’の位置に到達したとする。A’B’に移
動するあいだの軌跡が曲面
S
2
を描くとする。ここで光線 QB’が曲面
S
2
の至るところで
S
2
に直交していることが示されれば、上記、1)2)の条件が満たされることになる。
さて、ここで閉じた経路 APA’B’QBA にストークスの定理を適用し“ラグランジュ
(Lagrange)の積分不変量”を考える。
0
Cns dr
4
s
は光線の進行方向への単位ベクトルであり、 dr
は積分経路Cに沿ったベクトル線素と
して、(4)式は閉曲線Cが二つの媒質の境界面にまたがっている場合にも成立するので、上
記経路 APA’B’QBA に適用してみよう。すると、区間 APAB’QB では s
rd
の方向が等
しいので、
ds
を微小線素長として
0
APA A B B QB BA
nds ns dr nds ns dr




5
ここで光路長を[ ]であらわすと
[APA’]=[BQB’]
となり、また、
S1
AB 上では、光線は波面の法線であるから s
dr
は直交している。
って(5)式においては第2項を残し他の項は総て0になってしまう。よって(5)式は
0
AB ns dr

6
となり、常に 0sdr
 なる関係が曲面
S
2
上で成り立つことになる。すなわち、あらゆる
S1
における同心光線束内の光線は曲面
S
2
に直交する。
マリューの定理は1点から射出した光線が、収差を持つレンズなどの光学系を透過した
その後も、波面を形成しつづけ、その波面形状は、光源からの光線追跡により、多数の同族
光線の光路長を計算することにより理解できることを表している。また、光線という概念か
ら出発した光学においては、波面に光線が常に直交することは、話の順序としてはこのマリ
ューの定理により始めて正当化される。
. フェルマーの原理
光線の進行経路を考える上で非常に重要な意味を持つ、フェルマー(Fermat)の原理は、
次の様に表現される。点 Pを通過した光線が点 Qに達する時、Pから出た別の光線と互い
の光線経路が交わら無い場合に、という正則の条件のもと、
“点Pから点 Qに到達する光は、その光路長が停留値(多くの場合、最大値、あるいは
最小値)をとるような唯一の光路を経る。
この正則の条件においては、一つの点光源から射出した幾つもの同族光線が集中する共
役点 Qは除外される。また P, Q が、共役関係にある場合以外でも、Qが同族光束中、収差
を持った周辺光線と主光線の交点である場合も除外される(2)図中のこれら 2光線はそ
れぞれの近傍で光路長が極値をとることに、その近傍においてのみ最小値をとることにな
る。
2 光路長の異なる2点間の光線経路
因みに、図 3にある様な収差の大きな光学系において、光軸から離れた絞り座標位置を
通る近隣光線同士の像界における交点を繋げて行った包絡線(火線)により形成されるもの
は火面causticと呼ばれるが、図からも分かる様にフェルマーの原理を定義した際の点 Q
を光軸上、屈折面より右に配置すると考えれば、火線より左(内側)、屈折面に近い領域で
は、光軸上を経由する光路と、屈折光が Qに達することができ(2)正則の条件からは外
れる。この場合、点 Qの立場からすると、火線より外の領域が正則の領域となる。
理想像面
無収差光線
軸上光線
P Q
P’1
3 火面(caustic)と正則領域 P'1 は近軸焦点
さて、この広義のフェルマーの原理における停留値とは、極値として、極小値、極大値、
また、微分係数が 0であるが極値ではない鞍値を意味する。停留値をとると言うことは、
際の光路が、近隣の、そこから微小量1次のオーダーのズレを持った経路との光路長差
W
()が、微小量の2次以上のオーダーの量と成る事を意味する(4)この様な場合、実際
の光路長の変分は 0であるとも言う。
4 光線進行経路の微小な変化
さて、光路長差
W
()(2)式より


Q
P
Q
PndssndW
(7)
と表現できる。ここで、
ds,ds’
はそれぞれの経路に沿った微小長さである。さらに、この値
の2次以上の微小量であることを
P Q

2
OW (8)
と表せば、(8)式の辺々をで微分し、を限りなく 0近づけると
0lim
0
W (9)
となる。つまり、実際の経路においてはの変化に対する光路差の感度は 0曲線
W
への=0
における接線の傾きは 0になり、Wは極値、一定値或いは鞍値をとる(5)
5 停留点
多くの場合、狭義のフェルマーの原理としては光路長は最小値をとると考えても差し支え
ない。(正確には任意の点 P,Q を結ぶ光路が唯一つ存在する様な光線の拡散・収束状況にお
いて、つまり光線が交叉していない場合において最小値をとる。 ここで図 6にある様に
PからA点を経て Qに達する経路を実際の光路と考えよう。このPと Qの間には光線 P, A , Q
の属する同心光線束の形成する幾何光学的波面が無数に存在する。この中で隣接する 2
の波面 Sm
S
m1
の間では屈折率が一定であると考えることができる。
W
ε 0
Sm Sm+1
6 フェルマーの原理とマリューの定理
又、これらの波面に挟まれる光線 P, A , Q 上の線分、
AA
mm1
は、どの様な媒質を光線がそ
れまでに通過してこようとも、マリューの定理により、必ず 2つの波面に直交しているは
ずである。そこで、光線 P, A , Q の近傍に任意の経路 P, B , Q を想定したとすれば、この経路
は、実在する光路となる場合には、上記の除外措置の対象となるので、ここでの検討範囲内
では存在しない光路であるはずである。よって、この経路上の m
S
S
m1
を通過する同様な
線分、
BB
mm1
はこれらの波面にどの区間でも直交しているとは限らない。もし全ての光路
区間で直交していれば、その時は互いの光路長は等しく PQ は共役関係にあることになり
条件から外れる。
nA
A
nB B
mmmm
11
また、上記以外の微小な波面間隔においても同様の関係が成り立つ。従って、それぞれの曲
線に沿った Pから Qまでの光路長の間には、
ndsnds PBQPAQ
(10)
なる関係が成り立ち、波面に全区間で直交する実際の経路に沿った光路長が最小値をとる
ことが理解できる。A,B 間距離が微小では無く、その間に波面が大きく屈曲している様な
場合には上記検討は成立しない。)そして、屈折率が一様な媒質中では光線は2点を結ぶ最
短距離を持つ経路、すなわち直線経路を進むことが、フェルマーの原理からも明らかになる。
4. 波動光学的なフェルマーの原理の解釈
5からも分かる様に、フェルマーの原理によれば、実在する光線は図の極値のところ
の光路長をとっているはずである。従って、近傍経路の光線の光路長は 2次以上の微小量
の差しか持たない。これに対し、ε座標上、大きく離れた位置の光線においては、光路長が
劇的に変化する。これらの光波が全て実在すると考え、波動の合成、干渉を考えると極値か
ら離れた光波同士は大きく位相がランダムに異なり、干渉により弱め合い、観察できなくな
る。位相が非常に近い極値近傍の光波は強めあい、実在することになる。
ここでの多数のランダムな光波が打ち消し合って、消えて行ってしまうことについて
は、2光波干渉の考え方(本連載 79 回)からすると腑に落ちない方もいらっしゃるかも知
れないが、詳細は本連載 83 回をご参照願いたい。
5. 参考文献
) M.Born & E.Wolf : 光学の原理、第 7版/草川徹訳 (東海大学出版会,2005)
) V.N.Mahajan:Optical Imaging And Aberrations part
(SPIE Press,Bellingham,1998
) E.Hecht:Optics 5th.edi. (Pearson,Harlow,2017)
) 牛山善太、草川徹:シミュレーション光学 (東海大学出版会、東京、2003