LED 照明ノーツ 21
レンズを使う 8
<球面収差について>
本連載、前回において収差の発生する原因をプリズムによる屈折作用を例にとって解
説させていただいた。そこで、発生した収差は広い意味での球面収差と呼ばれるものであ
った。今回はこの収差の中でも最も基本となる球面収差について解説させて戴きたい。球
面収差の補正の原理、球面収差図の読み方についても言及する。
1.狭い意味での球面収差
前回では屈折面が球面であることによる屈折角の違いにより、光が一点に集まらない
現象、球面収差(spherical aberration)について述べさせていただいた。屈折面が球面
であることによる収差は、確かに大きく球面収差と呼ばれるが、実際にレンズ設計などが
行われる現場ではこの収差についてもう少し狭い定義が用いられる。
光学系は回転対称的な形態を為しているレンズなどの要素から出来上がっている場合
が多。その回転対称軸を共通にレンズ等を配置していく訳ではあるが、その回転対称軸を
光軸(Optical Axis)呼ぶ。この光軸上の延長上に点光源があり、その点光源の像が単色
でも一点に収束しない、乱れのことを狭義の球面収差(以降、単に球面収差)と呼ぶ。
光学系が回転対称であると考えているので、当然収差の広がりも回転対称な図形にな
るはずである。これが球面収差の特徴である(図 1
発生原因については前回、かなり細かく説明させていただいたが、今回はその概念的な説
明の図を挙げる(図 2
図1 球面収差のシミュレーション
光軸上にある点光源から来た光は、レンズの大きさに比べて光軸上の十分に遠い距離から
やってくるのであれば、みな光軸に平行になっていると見做せる。これらの光線が本来は
一点に収束しないといけないのであるが、光学系の端に入射した光線①は、もう少し低い
位置に入射する②と比べて、その入射角θが明らかに大きい。従って、屈折を司るスネル
法則、
2211 sinsin
nn
を鑑みると、本来は収束すべき点の手前に曲がってしまいやすくなる。甚だ定性的な説明
であるが、もう少し細かい説明については前回をご覧いただきたい。
2. 球面収差の補正
こうしてみると図 2の様な凸レンズ(凸面)は、光軸に近い位置を通過する光線以外
は、レンズに近いところに、光を集めてしまう傾向が強い。これをアンダー(under)傾向と
言う。この傾向は、向きを変えた凸レンズの面(両凸レンズの裏の面)が、図 2の凸面の
後に続く様なばあいでも(図 2のレンズによる収束光を引き継ぐ)この面の示す傾向は同
じである(図 3A
つまり両凸レンズはアンダーな球面収差を持つ。
ところが、図 2の面に凹レンズの役割をする面が続くことを考えると(屈折率の高い
側にお腹の出っ張っている面)、図 3(B)
から分かるようにこの傾向が逆になって、オーバー(over)傾向を示す。うまいバランス
で、こうした負のパワーを持つ面を配置してやれば球面収差が補正できる可能性がある。
こうした収差を除去することにより、光学系によるきれいな結像を得ることが出来る。こ
れが球面収差補正の原理である。勿論、この時、マイナスのパワーの面、或いはレンズを
入れると全体の焦点距離も変化してしまうので、収差と焦点距離のバランスを取りつつ、
幾つかの面を用いて巧妙に配置を行わなければ成らない。
球面レンズによる球面収差補正には実は他にもいろいろな方法がある。例えば、屈
折率の高い光学ガラスを使う。同じ焦点距離を維持するためには高屈折率の場合にはレン
ズの曲率が緩くなる。本連載 17 回においても触れさせて戴いた様に、レンズの各面の光を
曲げる力、屈折力φは、その面前後のガラスの屈折率差をその面の曲率半径で割って、以
下の様に得られる。
図3 球面収差の補正 A)
図3 B) 凹レンズ
i
ii
ir
NN
1
2
右辺、分子が大きくなれば分母の
r
は大きな値でよい。つまり曲率は緩くなる。
図2からも明らかなように、この様に同じ焦点距離、明るさ(口径比が等しい)で
あってもレンズの端に入射する光線の入射角は穏やかに変化する。またレンズの両側の 2
面で収差を分担すること、あるいはさらに面数を増やして収差を分担して、全体の球面収
差量を減らすことも可能である。球面収差と焦点距離だけを考えてもレンズ設計とは結構
複雑な作業になる。
これとは別に、球面以外の曲面(非球面)を用いて球面収差を補正する方法もある。
球面収差は屈折面が球面であるが故に発生するのであるから、理屈が通っている。簡単に
申せば、図 2において曲面を、光軸から離れるのに従い、曲率を緩くなるように変化させ
てやれば、球面収差の弊害は緩和されていくことは想像に難くない。この非球面を用いる
設計については、現代的でなおかつ大きなテーマであるので詳しくは別の回に触れさせて
戴きたい。
4 球面収差図
3. 球面収差図
球面収差を表すのに、図 4にある、
球面収差の縦収差図、と言うものがある。縦収差があれば、横収差もあって、横収差は収
差の像のにじみの大きさを直接示す。撮像素子だとかフィルム上の、本来は一点に集まら
ねばならない点光源の像のボケの大きさを言う。これに対し、縦収差とは、球面収差の場
合には特にわかりやすいが、本来光軸上の一点に集まるべき光線が、収差があると、その
焦点以外の場所で光軸をよぎってしまうことになる。この光線と光軸との交点の、光軸上
に沿って測った焦点(フィルム位置)からの距離を縦収差と呼ぶ。像として現れる収差量
を直接表してはいないが、光学系の光の収束具合を大局的に掴むのに適していて、特に日
本とか独逸において特に重宝されていると聞いている。
さて、ここで図 4に戻れば、ある程度意味を掴んでいただけると思う。収差図の横軸
は上記の交点の座標である。縦軸は、光線の光学系からの出所を示せればよいのであるが
(その光線が光学系のどこを通過して来たかを知るため)、一般的には光線の絞り面におけ
る通過位置で示す。
絞りと言うのは必ず光学系の内部に存在し、光線の広がりを制限する役目を果たして
いる。もし、絞りが存在しないように見えても、レンズの枠等が絞りの代役を果たしてい
る。
この、絞りの一番端を通過した光線の交点座標は、グラフの縦軸、一番上のラインに
書き込まれることになる。絞りの位置が中心から 70%の位置であれば、図も縦軸 70%の位
置に書き込まれる。こうしてプロットされたのが図4の球面収差図である。縦収差図を見
ることによって、どんな収差補正が球面収差に対して行われているかが分かり、フィルム、
撮像素子はレンズから見てどの位置に配するのか?絞りを絞った時、どの様な収差状況に
なるのか(絞りを絞ると、収差図の上の方から図がcutされていくことになる)?
の様な内容については目瞭然で分かる。
3.参考図書
1) 高野栄一:レンズデザインガイド(写真工業出版社、東京、1993)
2) 小倉敏布:写真レンズの基礎と発展(朝日ソノラマ、東京、1995)
3) 草川 徹:基礎光学(東海大学出版会、東京、1997)
4) 久保田広:応用光学/POD 版(岩波書店、東京、1980)
5) 松居吉哉:レンズ設計法(共立出版、東京、1972)
6) 松居吉哉:結像光学入門(JOEM、東京、1988)