LED 照明ノーツ 27 ver1.1
レンズを使う 14
<ダブレットレンズで色収差を除去するための硝子の選択>
これまで、色収差の発生、或いはその除去のための条件等を解説させていただいた。今回
はこうした理論を応用して、良く存在する凸凹の貼り合わせレンズ、ダブレットレンズにお
ける色収差の除去、そしてその時の硝子の選択方法について説明させていただきたい。
1.再び色収差とは
色収差とは光の波長により、光の通過する硝子の屈折率が変わり、光線の曲がり方が変化
してしまい、波長による光線進行方向の分離、つまり色の分離が起きてしまうことであった。
この事情は屈折角と、屈折率によって表現される、屈折率の異なる硝子、空気の境界面にお
ける光の屈折を表わす、スネルの屈折則、
sinsin nn 1
からも容易に理解できる。たとえば、下記図 2(硝子表と呼ばれたりするが)に収録されて
いる OHARA 硝子の S―NPH2 という硝子は OHARA カタログによれば、d 線として焦点距離測定
に多く用いられる波長 587.56(nm・ナノメートル)では屈折率 1.92286 であるが、十分可
視領域にある F 486.13nm では 1.958 である。
ここで、(1)式における入射角度を 45°とすれば、空気からこの角度で S-NPH2 に入射し
たとすれば、n=1、θ=45°で(1)式より d 線の場合は屈折角 θ=21.58°、F 線の場合は 21.17°
である。0.4°も屈折角度が異なることなる。これは 100mm 先の平面上で約 0.7mmほど光
線の到着位置がずれることを意味する。十分肉眼で観察できる。
2. 色消しのための整理
2.1 全体のパワーについて
色収差除去の話のためには、直接には色収差とは関係ない様に見える、事柄も整理しておく必
要がある。まず、レンズのパワー、屈折力について考えよう。
レンズ全系のパワー(焦点距離の逆数)は
kk hhh
2211 -(2)
として各面のパワー、光線通過高さの積の和として表せた。hはレンズ各面を光線が通過す
る入射点の光軸から垂直に測った距離、高さである。各面における光線通過高さとパワーの
積の和によって全系のパワーが決まる。
全体と、各面における焦点距離をもって表現すれば(2)式は、
k
k
f
h
f
h
f
h
f
2
2
1
1
1
-(3)
となる。レンズの各面を非常に薄い独立したレンズと考えれば、(3)式はそれらのレンズに
おける hfにより、全体の焦点距離が決まると考えることもできる。
2.2 色消し条件
すでに本連載で述べた、焦点距離(近軸像点)の色消し条件である。
0
11
2211
ff 4
ここでは焦点距離 f1 , f2の二つのレンズが密着している場合を想定している。その時の色収差の
発生しやすさ(実際にはその逆数であるが)の目安となるアッべ数が ν1
ν2である。
3. ダブレットでの硝子の選択
結局上記の(3)(4)式の条件を基に、ダブレットレンズの硝子を検討するわけであるが、硝子に
は多くの種類がある。図 2には縦軸に屈折率 n、横軸にアッべ数 νをとり、その座標内に多くの光
学ガラス、硝材が存在している。縦軸の屈折率 nは上になるほど値が上昇し光を曲げる力は強くな
る。レンズの曲率半径を rとして、その面の屈折力φは、空気と、屈折率 nの媒質(硝子)の境界面
において、
r
n1
5
で表わされるが、同じ屈折力を狙うのであれば、高屈折率の硝子が使えれば、明らかに(5)式の分
母は大きくてよい。つまり、緩い曲率半径の面が使える。球面収差の発生のところでも述べさせて
いただいたが、直ちに収差は減少する。出来れば屈折率の高い硝子、硝子表の上部の硝子(北の
方)を使いたい。
2の横軸はアッべ数である。アッべ数の大きい方が左側である。ちょっと向きがおかしいので
あるが、アッべ数は色の分散の逆数であるので、結局、硝子表の左側は分散の小さい方向という一
1 凸レンズと凹レンズによるダブレットレンズ
般的なことになる。分散が小さければ波長が変化しても色収差は起きにくいのであるから、当然硝
子表の左の方(西の方)の硝子を使うのが無難である。ところが、図 2をよくご覧頂ければ分かるが、
西の方には高屈折率の硝子は存在しない。硝子は日本地図のように東北から西南にかけて伸び
ている。(SLAH とか SLAL とか高屈折率硝子は新しい硝子であるから、昔はますます日本地
図の様なかっこをしていた。)
さて、(3)式を眺めてみると、屈折率、アッべ数共に正の値をとるので、必然的に 2枚のレンズの
うち 1つは凹(負)レンズである必要がある。両方プラスでは密着系では色はとれない。非常に西の
遠方に硝子が存在すればごまかすこともできるが、存在しない。
それでは凸レンズと凹レンズにどのような硝子を使うのか?
ということが問題となる。
さて、ここで、全系の屈折力を表す(3)式をみると、レンズ間の距離が問題とならない密着系のダ
ブレットの場合は
21
111
ff
h
f
6
と考えることができる。ということはもし、このタブレット全体で凸レンズなら、正のレンズであれば、f1
の方を正レンズとした場合に
21 ff 7
なる関係が要請される。不等号が逆だと負のレンズになってしまう。従って(4)式の 1次の色消しを
達成するためには少なくとも、
21
8
なる条件を満たす必要がある。図 2においては正のレンズを、低分散の西の方、負のレンズの相
対的に東の方のレンズを用いることを意味する。正レンズの色収差を負のレンズの色収差で打ち
消す、という考え方をすれば、(6)式によりパワーが制限される負のレンズに、より大きな分散を与え
て正の色を打ち消そうという解釈も成り立つ。低価格の旧硝子における定番的組み合わせ BK7
(正)-F2()という組み合わせがある。これらの硝子の横軸方向の距離は、一般的には十分に取
りたいので正レンズに使われる硝子、負のレンズに使われる硝子というものが、慣用的に西軍、東
軍のように大体、決まってしまう。であるから、設計 data におかしな硝子の使い方、などと中傷され
ることもあるが、
1) ダブレットだけではない全体での色収差のバランス(色収差もいろいろな出方をする)
2) 正レンズ同士でも距離を離せば色消しができる、等の距離による色消し
3) 全体が負のダブレットでは上記の理屈は全く逆になる。こうしたダブレットはズームのバリエータ
部などで普通に存在する。
等の理由により簡単には判断できない。1)2)の理由は光学設計者的な事情であるが、3)は理解
しやすく留意しておく必要がある。
2 硝子表(OHARA 硝子 HP より)
ガラス選択の実例
ここで、簡単ではあるがレンズ設計の実例を挙げ、上記の硝材配置理論(と言うと大げさだが)と
3 凹レンズと凸レンズによる負のダブレットレンズ
の関連を見ていこう。
最初に、図 3にある様なダブレットレンズ単体による焦点距離 70mmF4 の光学例を挙げる。
4 1 レンズ 上、構成図 下、横収差図
横収差図を示すが、画角は小さいので(軸上色収差の確認には問題ない)収差補正も適切に行わ
れている。この時のガラスの組み合わせは前の正レンズに S-BSL7、後ろの負レンズに S
TIM25(以降、OHARA ガラス硝材名)であり、図 6中にマークを付けるが(例 2レンズ凸部として)、
記述の考え方の通り、正が西、負が東方面である。
次に、このレンズに凹群を加えて、焦点距離を 140mm に延長した光学系の設計例を挙げる
(図 4)。この時、負群の役割がはっきりする様に、設計に際して、例 1の正ダブレットには全く変化
を加えなかった。つまりこの場合、全体の焦点距離を長くするためには、第 2群は負のパワーで維
持されなければならない。また、前軍である程度色収差が除去されているため、後群それ自体でも
焦点距離の色収差が除去されなければならない。焦点距離 140mm/F10 とした。
設計手法的には前群の動きを止め、不自然なため収差的にはあまり芳しく無いので、Fナンバ
ーを暗くした。軸上の色収差は一応、補正されているとみて良いだろう。この時の後群、負のダブレ
ットのガラスは前(正レンズ)から STIL25、後ろ(負レンズ)が BAM3 であり、これも図 6上に示
すが、正レンズが東、負レンズが西方面と、total が正の場合のダブレットとは、配置が逆になって
いることがわかる。これも前節での理屈の通りである。
ところで、正、負のレンズに使うガラスのアッベ数は斯様に色収差補正には重要であるが、屈折
率は直接には影響してこない。レンズのパワーそのものには色補正は影響を大いに受けるので、
強いパワーの部分には、高屈折率材を使いたい、とは思うのであるが、屈折率そのものは色収差
5 2 レンズ 上、構成図 下、横収差図
の式には出てこない。任意性がある。上記例2でも同じ様な屈折率のガラスで色消ししている。
色収差補正そのものとは離れた問題ではあるが、ダブレットのガラス選択においては重要なこと
なので簡単に、ここで説明させていただく。
5にあるレンズ(レンズ例 3)、は、例 2のレンズの設計をさらに進化させたものである。仕様的
には焦点距離 140mm/F6.25、そして半画角を 2度とこれまでの倍にした。ここでは全てのレンズ
が設計に参加している。ガラス選択結果は前方から順に、前郡 S-BSL7,S-NBH52, 後郡 S-
LAL7,S-BAL12 である。これまでの例と異なり、それぞれの組み合わせに、屈折率の高低のメリハ
リがついていることが図からも分かる。その結果、前群接合面の凹面としての働き、後群接合面の
凸面としての働きが顕著になっている。これは参考文献 5に詳述したが(本オプティカルソリューシ
ョンズ連載企画内でも取り上げています。球面収差、ペッツバール和の項をご参照ください)、F
ンバーが明るくなり、光線通過位置がより高くなる(球面収差に効く)前群で、負の接合面によって
球面収差を補正し、後群で画角が大きくなった分のペッツバール話の補正(像面湾曲の補正)を
行なっていることによる。正レンズの屈折率を上げると、一般的に像面湾曲に良い影響が出る。
6 3 レンズ 上、構成図 下、横収差図
3レンズ
72
参考文献
1) 高野栄一:レンズデザインガイド(写真工業出版社、東京、1993)
2) 辻内順平:光学概論Ⅰ(朝倉書店、東京、1979)
3) 松居吉哉:結像光学入門(JOEM、東京7)1988)
4) http://www.ohara-inc.co.jp/jp/product/optical/opticalglass/data.html
5) 牛山善太:シッカリ学べる光学設計の基礎知識(日刊工業新聞、東京、2017)