LED 照明ノーツ 6
シミュレーションにおける散乱・拡散の表現
様々な様相を呈する、散乱拡散現象を如何にコンピュータによる照明シミ
ュレーションに用いる事ができるような形で表現できるかは重要な事柄であり、
BSDF もその重要な手法の一つであった。ここでは、さらに BSDF について、また
より直感的で簡単な散乱の表現について考えてみたい。まずは照明系における拡
散性要素の重要性についてから触れさせて頂くこととする。
1. 明るさを測定する場合の拡散性の重要性
これまで、明るさを表す単位そのものについては説明をさせて頂かなかった
が、ここで、拡散性の重要性を示す上で必要な、二つの重要な単位について触れ
させて頂く。
たとえば図1にある様にスクリーン上に画像が投影されているとする。
もちろん光学系による 結像性能を知ることも
重要であるが、照明系によるスクリーン上の明るさが均一であることはまず、
要となる。こうした場合に、もしスクリーンによる光の拡散が位置、方向に対し
て均一であれば、測定されるべき測光量は照度と言うものである。照度は披照明
面に単位面積あたり、単位時間あたりに達する光のエネルギー(光束)を表す。
微小面積
dS
に到達する光束が
Φ
であれば、
dS
E
(1)
と照度
E
は表される。もし人間により見られる光学系であれば、本来はスクリ
ーンを観察する人間の網膜上での明るさの分布を調べるべきである。しかしスク
リーン上では均一な拡散が起これば、どの方向にも同じように光が放射されるの
で、どこから見ても、明るさ的にはそう大きな違いはなくなり、スクリーン上の
照度を測ることで照明系としての性能の評価は事足りる。
しかし、この場合とは異なり、拡散の方向に指向性がはっきりと認められる
場合には(2)(極端な例が反射スクリーンの場合は鏡面である。)、方向の概
念を含む輝度を測定する必要が出てくる。この場合にはわかり易いように透過ス
クリーンにしてある。このスクリーン上にこの場合も像が投影されているとお考
え頂きたい。
輝度とは、単位時間当たりの、光源の見た目の単位面積から、単位立体角あ
たりに放射される光のエネルギー(光束)を表すので、微小面積
S
から、この面
の法線から測ってθ方向へ放射される微小立体角
dΩ
中の光束をφとすれば、
B
ddS
B
cos 2
である。因みに立体角とは 3 次元的な角度の広がりを定量化する単位で、半径
r
の球表面上の面積
S
を、球中心を要として切り出される立体図形として定義され、
立体角
Ω
2
r
S
3
と表される。
さて、光源側と、像側で輝度が等しければ(輝度不変則)簡単に申し上げ
れば任意の方向から撮影したカメラのフィルム上の照度分布、あるいは人間の目
で見る場合には網膜上の照度分布に比例した値となる。2からご理解いただけ
るように、 1の場合と異なり、スクリーン上のある領域から放射する光も、
明系の性質に依存して、観測する目の位置により、目に光が届いたり、届かなか
ったりする可能性が出てくる。この具合を定量的に評価せねばならない。これは
照度とは直接は関係の無い値である。
実際には輝度と照度では測定原理もまったく異なり、コンピュータシミュレ
ーションに必要とされる時間も大きく異なる。したがって披照明面の拡散性を考
えることは、照明系を設計・評価する上で非常に重要なこととなる。
2. 拡散シ効能
3、図 4LED 光源が 7個、一列に並んでいる直下で、照度をコンピュ
ータ上で計算した分布図である。光源、披照明面の距離は図 350mm、図 4
200mmとしてある。それぞれの光源から光は広がっていき、重なり合い、
明領域が広がっていることが分かる。
この分布が照明として良好かどうかは、分からないが、一応、 4においては被
照明面を、ある程度の広がりを持って照らしている。室内の照明系としても使え
そうである。
ところが、これらの照明系の図 5、図 6における輝度分布をみてみると好ま
しくない分布が表わされている。
上述の様に輝度分布は光源を見上げた場合に、人間にはどのように照明系が見え
るのか、と言うことを表している。そうすると、このままでは観察距離によらず
明るい輝点が 7個輝いているように見えるのは当然である。すべてのエネルギー
がこの 7つから放射されている様に見えるわけであるから、“眩しい”と言うこ
とになる。
蛍光灯はある程度の発光面の広がりを持って光っているので、同じエネルギーが
出ているとすれば、とんでもない方向を照らしていない限り、LED 照明はより
眩しいものとなる。LED 自体の明るさを落としたり、方向をそらしたりしても、
所望の方向への照明は暗くなってしまう訳であるから、LED をばらばらに並べ
ただけでは光源の発光特性や配列、距離による眩しさの調整は困難なものと成る。
そこで、必要となるのが拡散性をもった素材である。光源の前に取り付けるシー
トが、その代表的なものである。新しい、高品位な照明器具として LED を扱う
場合には、こうした拡散性を齎す機能は必要不可欠な要素であると思われる。
また、被照明面上の照度分布に注目して考えるとして、より均一な照度分布
が望まれる場合、やはり光源間隔と照明距離との関係で、ある程度、分布が調整
できると言っても、照明系の大きさ、距離による制限、或いは LED 光源数にお
ける制限がある場合などには、満足な均一度を得るのに難しい面もある(図3)
こうした場合の照度の均一化にも、当然のこと、拡散シートは有効な働きをする。
拡散シートとしては、読んで字の如くで、光を色々な方向に拡散すれば良い
訳で、様々な原理によるものが開発されている。ただ、その際に光エネルギーの
利用効率、拡散のコントロール性などにそのシートの性能が反映されてくる。
7は図 3のシミュレーション data において光路中(光源から 50mm の位
置)に拡散シート(拡散角度全幅 80 度の製品 6を挿入したものである。残っ
ていた照度ムラもかなり良好に解消されている事が分かる。これも拡散シートの
重要な役割の一つである。
8は先ほどの図 4と同じ状況で、光源面から 70mmのところに拡散シー
トを挿入したものである。この場合には、元々照度分布はなだらかな山形になっ
ていたので、山が更になだらかに変化した程度の違いしかない。下線を施したピ
ークの照度もそれほど大きく変化している訳ではない。しかしこの場合の拡散シ
ートの効果は、光源の見え方に現われる。
9は同様の光学系を図 6と同じ位置で測定したときの輝度分布である。
散シート上で様々な方向に光は振り分けられるので、拡散面上の輝度分布がかな
り滑らかになり、輝度集中による眩しさが解消されていることが分かる。下線を
施した輝度の数字は図 6と比べて2桁以上も小さなものに成っている。これら二
つの図におけるパフォーマンスと前出の図 46のそれとを比較していただけれ
ば、拡散素材の重要性について更にご理解いただけると思う。
上記とはまた一見異なった、役割としては液晶画面等から透過、あるいは反
射してくる光を(上記の光源配置の例と近く、指向性が強くギラついた感じがあ
る)ある程度拡散させることにより見た目の画像の品位を向上させることに役
立つ。光を拡散させる範囲も、上記の製品はシートの種類によって細かく選択で
きるので、無駄な明るさの散逸も防ぐことができる。
3. 拡散面の表現について
一般的に、波長よりも遥かに大きな起伏、突起構造を持つ所謂、荒い面にお
いて、微弱な拡散光の影響を無視できる場合には、図 10 にある通り、前節で取
上げた完全拡散、そしてスネルの法則に従う透過、整反射、そしてこれら両極端
の状態の中間にある、直接反射光・透過光の方向に依存した拡散指向性を持つ、
光沢反射の3種類の反射の合成により成り立つ BSDF のモデルを考えることも可
能である。
これらの要素状態を表わす BSDF を適切にウエイト付けして加え合わせることに
より、これらの特性を総合して表現できる新たな BSDF を設定し用いることが、
また個別に計算することも出来る。(別に BSDF に置き換えなくても照明計算で
きる訳であるが。)
そして、微小で精細な物理的な領域においては、研磨面における様な、スムーズ
な波長オーダー以下の表面構造が齎す微弱な散乱光も測定される。この様な影響
を計算するために、測定データのみならず、表面精度に応じて Kirchhoff
Rayleigh-Rice、あるいは Beckmann などによる物理光学的な表面散乱回折理論
に基づく、数式的な BSDF のモデルも様々に検討されている。

yxri ffSQBRDF ,coscos
16
4
2
(Rayleigh-Rice) (4)
例えば、任意の光学系を用いて、月などの光源の傍らに存在する、星などの
微弱な光を放つ被写体の撮影が可能かどうかを検討する場合に、BSDF の測定デ
ータ、或は物理的モデルから、BSDF とエネルギーの関係から比較的簡単に、月
光のレンズ研磨面における微小な散乱フレアによる星像付近のノイズ照度計算
出来る。この値と発光体の結像としての星像の照度を比較することにより、撮影
の可能性、あるいはそのための条件を合理的に検討することが可能になる。また、
光線追跡を行うことによって、内面反射等によって、様々に複雑な経路を辿る光
線による、光学系部位からの拡散散乱光の結像への影響も同様にして考慮し得
る。
4. 参考文献
1) 龍岡静夫:光工学の基礎(昭晃堂、東京、1990)
2) 日置隆一:測光・測色、光学技術 vol光学工業技術研究組合,1974)
3) M.F.Cohen,J.R.Wallace :Radiosity and Realistic Image Synthesis
(Morgan Kaufmann,San Francisco,1993)
4) OptisSolstis Users ManualOptis,Toulon,1994
5) 牛山善太:シミュレーション光学(東海大学出版、東京、2003
6) 拡散シ http://www.osc-japan.com/solution/lsd